ところが、多くの会社員が「引き上げられたはずなのに、毎月の給与明細で引かれる所得税は去年と変わっていない」と感じているはずです。これは間違いでも手続き漏れでもありません。2026年の改正分は、1月から11月の毎月の源泉徴収にはあえて反映させず、12月の年末調整でまとめて精算するという運用になっているためです。
この記事では、①何がどう変わったのか、②なぜ毎月の手取りが増えていないのか、③12月の精算でいくら戻る見込みなのか、④申告書を書くときに気をつける点、という順に整理します。なお、ここで扱うのは税(所得税)の話だけです。106万円・130万円といった社会保険の壁とは仕組みが別物なので、混同しないようご注意ください。
2026年分の年末調整で変わる4つのポイント
まず全体像です。2026年分の年末調整に影響する改正は、大きく4つに整理できます。いずれも所得税の話であり、2026年12月に行う年末調整から適用されます。
| 項目 | 改正前 | 2026年分(令和8年分) |
|---|---|---|
| 基礎控除 | 本則58万円 (合計所得に応じ上乗せ) | 本則62万円+2026・2027年分限定の特例上乗せで最大104万円 |
| 給与所得控除の最低保障額 | 65万円 | 本則69万円、2026・2027年分は特例で74万円 |
| 所得税の課税最低限 (給与収入のみの場合) | — | 178万円(104万円+74万円) |
| 扶養親族等の所得要件 | 合計所得58万円以下 (給与収入123万円以下) | 合計所得62万円以下 (給与収入136万円以下) |
「178万円の壁」という言葉の正体は、この表の1段目と2段目の足し算です。給与収入しかない人の場合、給与所得控除74万円と基礎控除104万円を合わせた178万円までは、課税所得がゼロになるため所得税がかかりません。
また、基礎控除の上乗せ特例と給与所得控除の74万円は、いずれも2026年分と2027年分の2年間に限った時限措置とされています。恒久的に続く水準ではない点は、家計の計画を立てるうえで押さえておきたいところです。
なぜ毎月の手取りは増えていないのか
ここがこの記事の中心です。「178万円まで所得税がかからなくなった」と報じられたのに、毎月の給与明細を見ると、天引きされる所得税額は去年とほとんど変わっていない。この違和感の正体を説明します。
毎月の天引きは「税額表」という早見表で決まっている
会社が毎月の給与から差し引く所得税は、その場で1年分の税金を正確に計算しているわけではありません。国税庁が公表する「源泉徴収税額表」という早見表に、その月の社会保険料控除後の給与額と扶養親族の人数を当てはめて、機械的に金額を決めています。
この方式は事務を簡単にするための仕組みですが、裏を返せば税額表そのものが書き換わらない限り、毎月の天引き額は変わらないということでもあります。
2026年分の税額表には、今回の改正が入っていない
そして2026年分の源泉徴収税額表には、今回の改正(基礎控除62万円・上乗せ特例・給与所得控除74万円)が反映されていません。2026年1月から11月の毎月の天引きは、改正前の水準の早見表に基づいて行われています。
理由は事務負担への配慮です。年の途中で税額表を差し替えたり、全従業員の1月分からさかのぼって再計算したりすれば、企業の給与計算実務に大きな混乱が生じます。そこで月々の源泉徴収では対応せず、12月の年末調整で一括して精算するという取り扱いになりました。
年末調整とは、もともと「精算」の手続き
そもそも年末調整は、1年間に天引きしてきた所得税の合計額と、本来納めるべき年税額との差額を精算する手続きです。毎月の天引きはあくまで概算なので、通常の年でも生命保険料控除などを反映した結果、多くの人は12月に還付を受けます。
2026年はそこに改正による控除の増加分がまるごと上乗せされます。つまり例年の還付に加えて、改正で減った税金の分だけ、さらに戻ってくる計算になります。
| 時期 | 使われるルール | 手取りへの影響 |
|---|---|---|
| 2026年1月〜11月の給与 | 改正が反映されていない税額表 | 変化なし。去年と同じ水準で天引きされる |
| 2026年12月の年末調整 | 改正後の控除額で年税額を再計算 | 差額がまとめて精算される |
| 2027年1月以降の給与 | 改正を反映した新しい税額表 | 毎月の天引きそのものが下がる |
整理すると、「毎月の手取りが増える」のは2027年1月からで、2026年分については12月に一度だけまとめて戻ってくる、という二段構えになっています。
基礎控除:合計所得金額で額が変わる
基礎控除は、所得のある人なら原則として誰でも差し引ける控除です。2026年分は本則が58万円から62万円に引き上げられ、さらに2026年分・2027年分に限った特例の上乗せが加わります。
ここで重要なのは、上乗せ額が「合計所得金額」の区分によって変わるという点です。年収(給与収入)ではなく、給与所得控除を差し引いたあとの金額で判定します。
| 合計所得金額 | 本則 | 特例上乗せ | 2026年分の基礎控除 |
|---|---|---|---|
| 489万円以下 | 62万円 | +42万円 | 104万円 |
| 489万円超 655万円以下 | 62万円 | +5万円 | 67万円 |
| 655万円超 2,350万円以下 | 62万円 | なし | 62万円 |
| 2,350万円超 2,400万円以下 | — | 48万円 | |
| 2,400万円超 2,450万円以下 | — | 32万円 | |
| 2,450万円超 2,500万円以下 | — | 16万円 | |
| 2,500万円超 | — | 適用なし | |
合計所得金額が2,350万円を超える層の金額(48万円・32万円・16万円)は、今回の改正で変わっていません。恩恵が集中しているのは合計所得489万円以下の層で、ここに該当すれば基礎控除は一律104万円になります。
ちなみに、合計所得489万円という区分は給与収入でおおむね665万円前後に相当します。給与収入だけで暮らしている多くの会社員は、この区分に収まります。
給与所得控除:最低保障額が74万円に
給与所得控除は、会社員にとっての「必要経費」にあたる控除です。収入に応じて自動的に計算されますが、収入が少ない人でも一定額は必ず差し引けるように最低保障額が設けられています。
この最低保障額が、本則で65万円から69万円へ引き上げられ、さらに2026年分・2027年分は特例で74万円となります。
- 1給与収入220万円以下の人:給与所得控除は一律74万円。最低保障額の引き上げがそのまま効きます。
- ×給与収入220万円を超える人:給与所得控除の計算式は変わっていないため、この改正による恩恵はありません。基礎控除の引き上げだけが効きます。
つまり給与所得控除の引き上げは、パート・アルバイトなど収入の少ない層に的を絞った改正です。フルタイムで働く会社員にとっては、実質的に基礎控除の引き上げがすべてだと考えて差し支えありません。
そして、この74万円という数字は「178万円」「136万円」「197万円」といった、よくニュースで見かける金額の共通の土台になっています。たとえば178万円−74万円=104万円で基礎控除とちょうど一致し、課税所得がゼロになる。136万円−74万円=62万円で扶養親族の所得要件とぴったり一致する。数字がバラバラに見えて、実は一本の線でつながっています。
扶養親族の所得要件が136万円に
子どもや親を扶養に入れている人に直接関わるのがこの改正です。扶養控除の対象になる親族の合計所得金額の要件が58万円以下から62万円以下に引き上げられました。給与収入に直すと123万円以下から136万円以下になります。
| 区分 | 改正前 | 2026年分 |
|---|---|---|
| 扶養親族・控除対象配偶者の所得要件 | 合計所得58万円以下 (給与収入123万円以下) | 合計所得62万円以下 (給与収入136万円以下) |
| 特定親族特別控除の対象 (19歳以上23歳未満) | 合計所得58万円超123万円以下 | 合計所得62万円超123万円以下 (給与収入136万円超197万円以下) |
大学生の子をアルバイトさせている家庭にとっては、判断が一段わかりやすくなりました。子のアルバイト収入が136万円以下なら扶養控除の対象で、19歳以上23歳未満であれば特定扶養親族として63万円の控除が受けられます。
136万円を超えた場合でも、いきなり控除がゼロになるわけではありません。19歳以上23歳未満であれば特定親族特別控除に切り替わり、収入が197万円に達するまで段階的に控除が続きます。「136万円を1円でも超えたら大損」という構造にはなっていません。
12月にいくら戻るのか:年収別の試算
実際に12月の精算でどの程度が戻るのか、目安を計算してみます。ここで示すのは「改正によって1年分の所得税がいくら減るか」であり、この金額がそのまま12月の精算に上乗せされるイメージです。
| 年収 | 基礎控除の変化 | 改正前の年税額 | 改正後の年税額 | 差額(12月に上乗せされる目安) |
|---|---|---|---|---|
| 200万円 | 95万→104万 | 3,500円 | 0円 | 約3,500円 |
| 300万円 | 88万→104万 | 35,200円 | 27,000円 | 約8,200円 |
| 400万円 | 88万→104万 | 65,300円 | 57,100円 | 約8,200円 |
| 500万円 | 68万→104万 | 117,900円 | 90,300円 | 約27,600円 |
| 600万円 | 68万→104万 | 184,200円 | 147,500円 | 約36,700円 |
| 700万円 | 63万→67万 | 282,300円 | 274,100円 | 約8,200円 |
表を見て意外に思われるかもしれませんが、戻る金額がいちばん大きいのは年収500万〜600万円の層です。年収700万円になるとむしろ小さくなります。これは基礎控除の上乗せ額が合計所得の区分で段階的に決まっているためで、年収が高いほど得をするという構造にはなっていません。
給与所得控除 = 600万円 × 20% + 44万円 = 164万円
合計所得金額 = 600万円 − 164万円 = 436万円(489万円以下なので基礎控除104万円)
社会保険料(年収の15%と仮定)= 90万円
改正前の課税所得 = 436万 − 90万 − 68万 = 278万円 → 所得税 184,200円
改正後の課税所得 = 436万 − 90万 − 104万 = 242万円 → 所得税 147,500円
差額 = 約36,700円(基礎控除の増加36万円 × 税率10% × 1.021 = 約36,756円)
給与所得控除 = 300万円 × 30% + 8万円 = 98万円(220万円超なので改正の影響なし)
合計所得金額 = 300万円 − 98万円 = 202万円(基礎控除は88万円→104万円)
改正前の課税所得 = 202万 − 45万 − 88万 = 69万円 → 所得税 35,200円
改正後の課税所得 = 202万 − 45万 − 104万 = 53万円 → 所得税 27,000円
差額 = 約8,200円(基礎控除の増加16万円 × 税率5% × 1.021 = 約8,168円)
給与所得控除 = 74万円(220万円以下なので最低保障額)
合計所得金額 = 170万円 − 74万円 = 96万円
基礎控除104万円が合計所得96万円を上回るため、課税所得はゼロ=所得税はかかりません
年収178万円までは同じ結果になります。ただし社会保険料の負担は別に発生し得ます
なお、実際の12月の給与で戻る金額には、生命保険料控除・地震保険料控除・iDeCoの掛金(小規模企業共済等掛金控除)など例年どおりの控除による還付も合算されます。上の表の金額だけが振り込まれるわけではなく、そこに例年分が加わると考えてください。
改正後の控除額を反映した手取りを確認
年収・社会保険料・各種控除を入力して、所得税と住民税を差し引いた手取り額を計算できます。
申告書を書くときの注意点
2026年分は、年末調整の申告書に書く「所得の見積額」の正確さが、例年より重い意味を持つようになりました。理由は単純で、基礎控除の額そのものが合計所得金額の区分で決まる仕組みに変わったからです。
これまでの基礎控除は、合計所得2,400万円以下なら一律という運用が長く続いていました。多くの人にとって見積額の多少のズレは結果に影響しませんでした。しかし2026年分は489万円・655万円という区分をまたぐと基礎控除が104万円・67万円・62万円と大きく動きます。書き方ひとつで結果が変わるようになったわけです。
- 1自分の「合計所得金額の見積額」を年収と取り違えない:書くのは給与所得控除を引いたあとの金額です。年収をそのまま書くと区分を誤り、基礎控除が過少に計算されるおそれがあります。
- 2給与以外の所得も合算する:副業の雑所得、不動産所得、一定の配当所得などがあれば合計所得金額に含まれます。区分の境目に近い人ほど影響が出ます。
- 3扶養親族の所得見積額も新しい基準で確認する:判定ラインが合計所得62万円(給与収入136万円)に変わっています。前年の感覚のまま「123万円まで」と書かないよう注意してください。
- 4大学生の子がいる場合は年齢と収入の両方を確認する:19歳以上23歳未満で収入が136万円を超えるなら、扶養控除ではなく特定親族特別控除の欄を使います。
- 5年の途中で収入が大きく動いた人は再確認する:転職・昇給・残業の増減で見積額が変わった場合は、年末調整の書類提出前に見直します。
もうひとつ。住民税は所得税とは別の仕組みで動いています。今回の基礎控除の引き上げは所得税についての改正であり、住民税の計算がそのまま同じように変わるわけではありません。所得税がゼロでも住民税はかかる、というケースは十分にあり得ます。住民税の非課税の基準は自治体によって扱いが異なる部分があるため、具体的な金額はお住まいの自治体の案内でご確認ください。
よくある質問
Q. 年収178万円までなら、税金も社会保険料もかからないということですか?
A. いいえ。178万円は所得税がかからない上限です。社会保険料はまったく別の基準(週の労働時間や勤務先の規模、130万円の被扶養者認定など)で判定されるため、年収178万円以下でも社会保険料が発生することはあります。また住民税も別の仕組みです。「178万円までは何も引かれない」という理解は誤りなのでご注意ください。
Q. 扶養に入れている大学生の子のアルバイト収入が140万円でした。どうなりますか?
A. 136万円を超えているため扶養控除の対象からは外れます。ただし子が19歳以上23歳未満であれば特定親族特別控除の対象となり、控除が段階的に続きます。収入が197万円に達するまでは何らかの控除が受けられる仕組みなので、136万円を超えた瞬間に控除がゼロになるわけではありません。申告書では扶養控除ではなく特定親族特別控除の欄に記入します。
Q. パート勤務の配偶者の収入が130万円です。私の配偶者控除は受けられますか?
A. 税の面では、配偶者の給与収入が136万円以下であれば控除対象配偶者に該当します。130万円であれば要件を満たします。ただし健康保険の被扶養者でいられるかどうかは別問題です。130万円という金額は社会保険の被扶養者認定でも使われる数字で、そちらは通勤手当なども含めて判定されるのが一般的です。税と社会保険を分けて確認してください。
Q. 12月の給与でいくら戻るか、正確に知る方法はありますか?
A. 正確な金額は、勤務先が年末調整を完了して発行する源泉徴収票で確認できます。「源泉徴収税額」の欄が、1年間に最終的に負担した所得税額です。おおよその目安を事前に知りたい場合は、年収と社会保険料、各種控除を入力して計算するのが早道です。
Q. 年末調整で還付を受けたのに、2027年1月の給与は手取りが減った気がします。なぜですか?
A. 12月の還付は1年分の差額をまとめて受け取ったものなので、12月の手取りが一時的に大きくなっているだけです。1月は通常の水準に戻ります。ただし2027年1月からは改正を反映した新しい税額表が使われるため、毎月の天引き額そのものは2026年より下がるはずです。12月との比較ではなく、前年同月との比較で確認してみてください。
Q. 副業をしています。年末調整だけで完結しますか?
A. 給与以外の所得がある場合は、その内容と金額によって確定申告が必要になることがあります。また副業の所得は合計所得金額に含まれて基礎控除の区分判定に影響する点にも注意が必要です。判断に迷う場合は、税務署または税理士にご相談ください。
2026年の年末調整は、「制度は変わったのに毎月の給与では見えない」という、わかりにくさを抱えた年です。12月の精算で初めて改正の効果が現れ、毎月の手取りに反映されるのは2027年1月から。この二段構えの仕組みを知っておくだけで、給与明細を見たときの納得感がまったく変わってきます。申告書を書く前に、自分の合計所得金額と家族の収入を一度確認しておくことをおすすめします。